16. 最後の戦い

 夜明けとともに、クリスたちは村に忍び込みます。カルヴェラたちの寝込みを襲う算段です。

 それぞれが配置に着き、ヴィンが銃を確認して馬の傍を進んでいきます。

 と、石壁のアーチの向こうから、山賊のひとりが姿を現します。ヴィンは素早くその男を倒すと、駆けながら銃を撃ち、敵の不意をついて敵手を倒していきます。

 激闘の始まりです。

 不意をつかれたカルヴェラたちの一味が、クリスたちの銃弾に倒されていきます。

 クリスたちが奇襲によって優位に立てたのは、わずかのあいだにすぎません。カルヴェラたちはクリスたちの奇襲に驚きながらも、即座に反応し、反撃してきます。多勢に無勢、人数差による不利はまぬがれません。

 ヴィンは駆けながら銃を撃って敵を倒しますが、窓から狙うライフルと後を追ってきた男とに挟まれて、大腿部を撃たれます。

 クリスはライフルを連射しながら噴水脇の場所を離れ、とある家に駆け込もうとします。カルヴェラの手下たちが、駆け抜けるクリスめがけて、ライフルを乱射します。

 クリスはカルヴェラたちの銃弾をくぐりぬけて、とある家に身を隠そうとしますが、閂がかかっているのか、扉が開きません。

 進退窮まったクリスに、カルヴェラの手下たちが銃弾を浴びせかけます。

 クリスもライフルを連射して応戦しますが、ライフルが故障したのか、途中から弾丸が出なくなります。

 それを見てカルヴェラは、腰の銃を抜き、クリスに襲いかかります。広場を横切って駆け出すカルヴェラに、手下たちが続きます。

 チコとオライリーが、彼らに銃弾を浴びせます。

 カルヴェラたちは身を伏せてその銃弾を避けます。何人かの手下が撃ち倒されます。

 ヴィンは家の中で、銃弾を受けた大腿部に応急の手当をしていますが、激しくなった銃声を聞いて、そのほうに目を向けます。

 カルヴェラたちは身動きならず、地面に伏せたまま、銃を撃ち続けます。

 そこへ、ハリーが馬を飛ばして駆けつけてきます。

「クリス待ってろ、いま行くぞ」

 そう叫びつつ駆けつけてくるハリーを、カルヴェラたちの銃弾が襲います。

 ハリーは馬上から吹っ飛ばされます。起き上がってクリスのもとに駆け寄ろうとするハリーの背を、カルヴェラの手下たちの銃弾が貫きます。ハリーはのけぞって倒れます。

 クリスとヴィンの助けで、ハリーは家の中に担ぎ込まれます。

 その家めがけて、カルヴェラたちが押し寄せてきます。

 ハリーはクリスの腕に抱かれ、絶え絶えの息の下から問いかけます。

「なあクリス、騙されたまま死にたくない。トウモロコシや豆のために、こんな山奥に来たんじゃないよな、他に金目のものがあったんだろ」

 クリスはハリーの胸中を察して、嘘をつきます。

「そうだ。さすがにおまえ、鋭いな」

「なんだ」

「金だ。ごっそり」

「やっぱり……、拝みたかったなあ……、どれくらいだ」

「五十万は下らん」

「取り分は」

「七万ドルだ」

「来てよかった」

 ハリーは息を引き取ります。

 クリスは静かにハリーを床に横たえ、金の夢を見ろ、と、つぶやきます。

 もはや死に逝く身のハリーにとって、金目のものが手に入るかどうかは、意味を成しません。にもかかわらず、ハリーはクリスが金目のものを狙って、「こんな山奥」に来たことを信じようとします。

 ハリーにとっては、どれだけの大金を得ることができるかが最大の関心事であり、そこに自分が存在する意味を見出しています。

 そのハリーにとって、「トウモロコシや豆のために、こんな山奥に来た」ことは、自分が存在する意味を失ったことを意味します。

 ハリーは自分たちガンマンが、すでに無用の存在になりつつあることを感じながらも、それを認めることができません。

 クリスに、金目のものを狙ってこの村に来たことを確かめるのは、自分たちのようなガンマンが、まだ存在する意味があることを確認するためです。逆説みたいですが、すでに無用の存在となりつつあることを感じつつあるからこそ、自分たちが存在する意味を確認しようとする欲求が生じるのです。ハリーが戻ってきたのも、そのためです。

 クリスはそんなハリーの胸中を察し、彼の意に沿った答えを与えます。

 しかしそれは嘘でした。

 嘘と認めつつ、クリスはその嘘をつかざるを得ません。

 本当の事を告げるのは、ハリーを含めた自分たちガンマンが、もはや無用の存在となっていることを告げるに等しいことです。ハリーを絶望させて死なせることです。

 クリスは嘘をつきます。自分たちの存在に意味があることを信じて死んでいけるよう、心づかってのことです。

 それが嘘であるところに、そしてそれが嘘であることを知りつつ、その嘘をつかなければならないところに、クリスの辛さがあります。

「金の夢を見ろ」

 クリスのそのつぶやきには、自分の存在に意味があったことを信じて死ねるよう願う心情があるとともに、そう信じて死ねることを羨ましく思う心情があります。

 クリスは自分たちが無用の存在となったことを認めざるを得ないまま生きて、死ななければなりません。

 自分たちが存在する意味を失いながら、それでも生きていかなくてはならないことを教えるかのように、外ではカルヴェラたちの襲撃が烈しさを増しています。扉をブチ破ろうとする音はいよいよ高まり、窓のガラスが割られて、ライフルの銃口がのぞきます。

 それをクリスの銃が倒し、別方向から寄せて来る山賊たちを、ヴィンが撃ち倒します。

 

 リーが銃を手に、とある家に駆け寄ります。

 リーは壁を背に、周囲を見渡して敵の姿がないことを確認すると、窓から家の中を覗き、驚いたように身を引きます。

 窓から離れたリーは、自分の銃に目を向けると、なぜか銃を腰のホルスターに戻します。そして、おもむろに戸口を蹴り開け、家の中に飛び込みます。

 リーは虚を衝かれた山賊三人を素早く撃ち殺し、閉じ込められていた村人たちを解放します。村人たちはしばし呆気に取られていますが、やがて勢いよく、駆け出していきます。

 クリスたちの閉じ籠もった家では、カルヴェラたちが扉をブチ破ろうと、必死になっています。

 カルヴェラはふと気がついたように、家の裏手にまわります。

 解放された村人たちが、手に手に得物を持って、山賊たちに襲いかかります。

 戸口から、銃を構えたリーが姿を現します。

 村人たちの戦いをながめるその表情は、このうえない満足に輝いています。

 一発の銃声がとどろきます。

 リーは銃を吹っ飛ばされ、身体を半回転させて、出てきた家の壁に抱きつくようにぶつかると、そのまま壁にへばりつくようにして、くず折れます。 

 リーは壁に向かって膝を折り、背を丸めて、頭を垂れた恰好で息絶えます。

 リーはかつて、凄腕のガンマンとして鳴らしました。リーが村を守る仕事に自薦してきたとき、その腕前を訊ねるヴィンに、クリスは、「腕はいいぞ」と、保証を与えました。

 そのリーも伎倆の衰えを感じ、敵の影に怯え、敵の影から逃げる生活を送るようになっていました。

 リーは、伎倆の衰えを感じながらも、洒落た服に身を包み、生きている敵はいないと公言します。それは自他に対して、伎倆の優れたガンマンであることを認め続けさせようとする、空虚な装いでした。リーはその空虚な装いに実質を与えることを、凄腕の名声に相応しい人間であることを証する必要を感じるようになりました。それは失った自分を取り戻すことであり、それがリーの云う、自分に対する借りを返すことでした。

 リーは三人の山賊が村人たちを監禁しているのを見ました。三人相手に一人では、分が悪すぎます。しかし分が悪ければ悪いほど、現在のリーにとっては、好都合です。その伎倆が昔と変わらぬことを示せます。

 自分の伎倆が昔に劣らぬことを示すために、リーはあえて不利な状況に自分を追い込みます。それが、抜いた銃をホルスターに戻すことの意味です。

 銃を抜いて相手に立ち向かうほうが、銃をホルスターに収めた状態でそうするよりも、はるかに有利です。

 それをリーは、あえて自分に不利な状況になるように、自分を追い込みました。そしてそれに打ち勝ちました。リーは自分に対する借りを、見事に返して見せたのです。

 その結果、監禁されていた村人たちは解放され、戦列に加わることができました。

 クリスたちガンマンの助勢となるとともに、村人たちの意志をかなえさせることができたのです。それが、リーの面に浮かんだ、満足げな表情の意味です。

 リーは自分の為すべきことを為し遂げて、銃弾に倒れました。

 

 村人たちは、椅子や犂、鍬、鎌など、てんでに得物を持って、山賊たちに立ち向かっています。

 チコに恋情を抱く娘も、果敢に戦闘に加わります。

 村人たちも被害をこうむります。山賊たちの容赦ない銃撃に、命を落す者もあります。

 負傷し、屋根から転げ落ちたオライリーは、怪我にもめげず、銃で戦います。

 

 そんな戦闘の中、クリスたちの立て籠もる家の裏手からカルヴェラが近づき、クリスを撃ち殺そうとします。

 一瞬早くその気配を察したクリスの銃弾がカルヴェラを捉えます。カルヴェラは弾かれて身体をまわし、ベランダの柵に倒れかかります。

 カルヴェラの手下たちに、村人が襲いかかります。

 瀕死のカルヴェラの目が、その光景を捉えます。

 チコは逃げようとする山賊を阻止し、その馬を奪おうとします。チコに村人たちが加勢します。

 その様子を見ていたソテロも、ついに意を決し、手近の椅子を取って、戦いに加わります。ソテロの同調者も、スコップなどを手にし、ソテロに続きます。

 チコはその乱闘から離れると、逃げようとしている山賊のひとりに武者振りついて馬から引きずりおろし、逃げていく山賊たちを追います。

「なんでおまえみたいなヤツが、こんな村に戻ってきたんだ」

 立て籠もっていた家から出てきたクリスに、カルヴェラは絶えそうな息の下から、問いかけます。クリスの返答はありません。カルヴェラの息が絶えます。

 カルヴェラはクリスが村に戻ってきた理由が分かりません。クリス自身、カルヴェラの問に対する明確な答はないでしょう。あったとしても、カルヴェラにそれが理解できようはずもありません。

 カルヴェラにとってこそこの村は、自分たちが生きていくために必要な物資を、なんの危険も冒すことなく、安易に手に入れられる重宝な村ですが、クリスたちのような凄腕のガンマンたちが、不利を承知で、命を賭けてまで救いに来るような村とは思われません。命懸けで村を守っても、それに見合うだけの報酬は得られないのです。

 報酬を、金銭のそれとして捉える限り、カルヴェラの云うとおりです。村は貧しく、高給取りのガンマンたちの働きに見合うだけの対価は提供できません。

 クリスたちの求める報酬は、金銭としてのそれではありません。自分たちガンマンが、ガンマンとして存在する意味を明らかにすることが、報酬なのです。

 クリスは、自分たちガンマンが無用の存在となりつつあることを認めつつあります。そんなクリスは、金銭の報酬よりも、自分たちの存在する意味を重要視するようになっています。クリスは自分たちガンマンが存在する意味を証するために、この村に戻ってきたのです。

 

 大勢は決しつつあります。村人たちは立ち上がって、ガンマンたちとともに戦い、山賊たちは逃げ出しはじめています。

 逃げ出して行く山賊たちを、ブリットの銃弾が倒していきます。

 ブリットは背の低い石壁を防壁にして、逃げて行く山賊たちを倒していきます。

 山賊のひとりが応戦した銃弾が、ブリットの胸を射抜きます。石壁の陰に倒れ込んだブリットは、気力を振り絞って立ち上がると、ナイフを取り出して、倒れながらも、山賊めがけて投げつけます。

 そのナイフは、むなしく石壁に突き刺さり、ブリットは倒れ臥して息絶えます。

 ブリットは最期までその持てる伎倆を尽くして戦い、そして息絶えたのです。

 

 山賊たちが必死に逃げていく光景を、オライリーは満足気にながめています。

 

 そこへ、オライリーを慕う三人の子どもたちがやって来ます。

 すでに大勢は決しましたが、戦いはまだ続いています。いつなんどき、敵の銃弾が襲って来るかもしれません。

 オライリーは、「来るな、来るな、あっち行ってろ」と、子どもたちを叱りつけ、岩陰に押しやります。

 子どもたちの安全を確保した後、身構えたオライリーは、一発の銃弾に身体を弾かれて、倒れ臥します。

 子どもたちは倒れ臥すオライリーのもとに駆け寄り、涙を流しながら自分たちの行動をわび、「死なないで、お願い」と訴えます。

 オライリーは顔を上げると、子どもたちに、「みんな、親父さんたちは勇敢だろう」と、苦しい息の下から云います。

 子どもたちが見た光景は、村人たちが手に手に得物を持ち、山賊たちと戦って彼らを撃退した、勝利の光景です。

  その姿は、自分たちの暮らす村を、平和で豊かな村にしたいと云う思いから生じたものです。クリスたちガンマンによって「戦わさせられている」のではなく、自分たちの意志で、「戦っている」姿です。

 それは「畑を耕して、毎日毎日、ロバのように、暗くなるまで働いてる」姿と同じです。

 子どもやお袋さんたちに対する、「岩のように重い責任」を果たそうとする姿が、手に手に得物を持って、カルヴェラたち山賊に立ち向かう姿です。

 オライリーは子どもたちにその光景を見せると、苦しそうにうめき、「俺の名前は?」と、問いかけます。

 子どもたちは涙ながらに、「ベルナルド」、「ベルナルド」と、オライリーの本名を口にします。

 それを聞いてオライリーは、「そうだ」と、嬉しそうな笑みを浮かべて、息絶えます。

 オライリーは、高給取りのガンマンであるオライリーとしてではなく、「メキシコとアイルランドのつまらん混血」のベルナルドとして、満足して、死んでいきます。

 

 戦いは終りました。

 荒涼とした戦場の跡を、クリスがゆっくりと歩いていきます。チコが馬を止めてライフルをしまい、帽子をとって、額の汗を拭います。

 村の広場を横切っていくクリスの足が止まります。クリスは石壁に刺さったブリットのナイフに目を止めると、それを抜いて折りたたみます。その仕草は、戦闘が終了したことを象徴しているかのようです。