『荒野の決闘』(1946年)

 はい、みなさん、こんばんは。
 今日は、『荒野の決闘』、この映画のお話、しましょうね。
 『荒野の決闘』、これはもう、有名な、有名な、西部劇。
『駅馬車』と並ぶ、西部劇の、二大巨峰、双壁、いえ、たんに、西部劇、と、云うだけじゃなくて、映画の、二大巨峰、映画の、双璧、ですね。映画の歴史に残る、名作ですね。
 原題は、“My Darling Clementine”、「愛しのクレメンタイン」。
 この映画は、あの有名な、O.K.牧場の決斗、アープ兄弟と、クラントン一家との銃撃戦、実際にあったあの事件を、もとにしてつくられた作品ですね。
 アメリカ人は、まぁ、たいへん、この事件が、好きなんですね。この事件をもとにした映画を、たくさん、たくさん、つくってますね。
 日本で云う、「忠臣蔵」みたいなもんね。
 『O.K.牧場の決斗』がありましたね、よかったなぁ。
 『墓石と決闘』がありました。よかったなぁ。シブかったなぁ。
 『ワイアット・アープ』と云うのもありました。大作でしたね。
 それから、『トゥームストーン』がありましたね。カッコよかったね。
 ほかにも、たくさん、たくさんの作品が、この事件をもとにして、つくられました。
 『荒野の決闘』も、もちろん、この、O.K.牧場の決斗を描いてはいるんですけれども、でも、他の映画とは、ちょっと、違うの、描き方が。雰囲気、ニュアンスが、ちょっと、違うのね。
 そうね、ローレンス・カスダンが監督した、『ワイアット・アープ』、これが、ちょっと、似てるかな? でも、やっぱり、どこか、違うのね。
 『荒野の決闘』は、『荒野の決闘』云うけれども、決闘がメインじゃないの。
 そこにあるのは、西部の、開拓時代の、アメリカの、生活。その頃、そこに住んでた人たちの、その頃、そこで暮らして人たちの、毎日の生活、それが、描かれてるのね。

  ぼくの友だちが、この映画を評して、
「西部の生活の匂いがする」
 云いましたけど、まさに、そのとおり、ですね。
 この映画には、いい場面が、たくさん、たくさん、あります。
 牛追いをしてるアープ兄弟が、トゥームストーンという町に立ち寄ります。
 そこで、町なんて久しぶりだ、と云うので、みんなで町に行こうとします。ところが、だれかひとりだけ、牛の番をしてなきゃいけない。ひとりだけ、牛たちを見張ってなきゃいけない。
 そのとき、兄弟のなかでも、いちばん末っ子の男の子が、いいよ、俺が牛の番しとくよ、兄さんたち、町行ってきなよ、なんていって、自分が牛の番、引き受けるんですね。
 この子は、もうすぐ故郷に帰れる、故郷に帰れば、恋人が、許嫁が待ってる。だから町へ行くよりも、町へ行ってお酒飲んで陽気に騒ぐよりも、ひとりで、その恋人のこと、考えていたいんですね。恋人にあげるプレゼントも買った、そのプレゼント、大事に、大事に持ってる、故郷に帰ったら、これをあの娘に渡そう。なんて言って渡そうかな、これ気に入ってくれるかな、いつ会いに行こうかな……、そんなこと、考えていたいんですね。
 お兄さんたちも、そのこと分かってるから、ああそうか、すまないな、じゃ、よろしく頼むよ、なんて云って、町に行くんですね。
 ところが、お兄さんたちが町に行って、この子がひとりで牛の番をしてるところに、泥棒が来ちゃうんですね。泥棒と云っても、コソコソした泥棒じゃない、仲間の大勢いる、徒党を組んでる泥棒、強盗なんですね。
 その牛泥棒、牛強盗に、かわいそうに、この子、殺されちゃうんですね。殺されて、アープたちの牛、みんな、持ってかれちゃうんですね。
 お兄さんたちが町から戻ってみると、牛が一頭もいない。末っ子の、弟の姿も見えない。どこ行ったんだ、どこにいるんだ、って、みんなで捜してると、その子が殺されて、倒れているのを見つけるんですね。
 で、お兄さんたちは、穴掘って、お墓つくって、この子を埋めてあげるんですね。
 雨が降ってる。そのお墓の前で、雨に濡れながら、お兄さん、ワイアット・アープが、かわいがってた、末っ子の、お墓の前で、悲しむんですね。まだ若いのにな、あんなに彼女に会うの、恋人に会うの、愉しみにしてたのにな……。
 泣いてないの。涙は、一滴も、流してないの。苦しそうな、胸のモヤモヤを、懸命にこらえてるような、苦しそうな表情してるんだけど、涙は流してないのね。その代わり、雨が降ってるの。ザア、ザア、ザア……、って、雨が降ってるの。それが、このお兄さんの、涙なのね。
 悲しい、悲しいけれど、きれいな、きれいな場面ですね。すてきな場面ですね。
 それで、このお兄さん、ワイアット・アープは、この町、トゥームストーン云うこの町で、保安官になるのね。ワイアットは、牛追いする前は、保安官だったの、他の町で。名保安官だったのね。それでこの町でも、保安官にならないかって云われたんだけど、最初は断ったの。俺は牛を追って、故郷に帰るんだって云って、断ったのね。それは、末っ子の弟が殺される前。
 末っ子の弟が殺されて、自分たちの牛盗まれて、ワイアットは、この町で保安官になることにしたのね。自分たちの牛取り戻して、末っ子の弟の仇とるために。
 保安官になったワイアット・アープは、この町、トゥームストーンを牛耳っている親分に、渡りをつけよう、この町の実力者に挨拶しよう思うて、酒場に行くのね。
 この町を牛耳っている実力者、それが、ドク・ホリデイ。ドク、云うのは、ドクター、お医者さんのことですね。このドク・ホリデイは、もともとは、東部で開業してた、立派なお医者さんだったんだけど、結核になって、当時は不治の病、云われた結核になって、西部の乾燥した空気が結核にはいいから、云うて、西部に来たのね。
 ところが、西部に来ても、お医者さんはやらなくて、不治の病、結核になった云うんで、すさんで、荒れ果てて、自暴自棄になって、呑んだくれになって、博奕うち、ギャンブラーになって、人殺しまでするようになって、あいつの歩いた後には墓場ができる、なんて、云われるようになったのね。
 そんな物騒な男なんだけれども、根は善人で、アープもこの男のことを好きになって、友だちになるのね。
 ドク・ホリデイは、博奕うち、人殺し、なんだけれども、お医者さん、インテリで、この町に、トゥームストーンに、旅回りの役者が来て、酒場で『ハムレット』のセリフを云ってる時に、この役者が後が続かなくなって、セリフを思い出せなくなったときに、後を引き取って、そのセリフを続けるのね。
 これがいい場面なのね。
 傍にいたワイアットが、ビックリして、こいつ、インテリだな、なんて表情をするのが、とっても面白いね。このあたりの呼吸、ヘンリー・フォンダ、さすがですね、巧いね。
 さて、このドク・ホリデイのことを、好きで好きでたまらない女の子が、東部からやって来るんですね。元はドク・ホリデイのところで、看護婦をやってた女の子、その娘が、ドクを追っかけて、西部まで、このトゥームストーンまで、やって来るのね。
 その娘が、クレメンタイン、云うのね。
 ドクもこの娘が好きなんだけど、自分は結核患ってる、自分は博奕うち、人殺し、もう昔みたいなお医者さんじゃない、とても、クレメンタインみたいな、純情な、かわいらしい、お嬢さんと一緒にはなれない、そう思って、なんでこんなとこ来た、ここはおまえなんかの来るようなところじゃない、さっさと東部に帰れ、云うて、わざと冷たくするんですね。
 それでも、クレメンタインは、帰らないんですね。博奕うってても、呑んだくれてても、人殺ししても、それでもドクは善人だ、ドクはいい人だ、この人は、わざと悪い人を演じているだけだ、そう信じて、ドクを昔のドクに戻そうとするのね。
 ドクには恋人がいて、ドクはそんなにその女のこと、好きじゃないんだけれども、女のほうは、すごくドクのこと、好きなのね。
 その女が、チワワ、云うて、まぁ、かわいらしい、ワンちゃんみたいな名前なんだけど、これが酒場の歌姫、娼婦、なのね。
 クレメンタインが訪ねてきて、ドクが苦しんでるときに、チワワは、なんとかドクを励まそう、元気にさせよう、思うたけど、ドクは、それどころじゃなくて、チワワに冷たくしちゃうのね。
 それで、チワワは怒って、浮気しちゃうの。浮気して、かねてから言い寄って来てたクラントン家の若い人と寝ちゃうの。
 そのとき、クラントン家の、その若者が、チワワに、これ、プレゼントだよ、云うて、ペンダント、あげるのね。
 ところがそのペンダントは、ワープの弟、あの、殺された、末っ子の弟が、故郷の恋人にあげよう、思うて、持ってたものなのね。
 それで、アープがそのことに気づいて、これはどうしたんだ、だれに貰ったんだ、云うて、チワワを問い詰めるのね、ドクも一緒になって。
 チワワは、最初は、ドクにもらった、云うてたけど、それがワイアットの弟を殺した犯人が持ってるもんだって知って、ほんとうのこと云うのね、
 そしたらそのとき、窓の外でそのやり取りを見ていたクラントン家の若者が、バン、って、拳銃撃って、チワワを殺そうとするのね。
 チワワは撃たれたけど、拳銃で撃たれたけど、死ななかったの。急所に命中しなかったんだね。でも、撃たれた、拳銃で撃たれた、重症、重体になっちゃった。
 さあ、どうしよう、えらいことになった、このままじゃこの娘、死んじゃう、どうにかせにゃ、なんとかせにゃ。
 そこで、ワイアットがドクに、おまえ医者だろう、おまえが手術しろ、おまえが手術して、この娘の身体から弾を取り出せ、云うのね。
 ドクは、俺はもう医者じゃない、もう何年も手術なんかしたことない、そんなのムリだ、できない、云うのね。
 でもワイアットは、おまえが出来なきゃ、この娘は死んじゃう、おまえしか出来るヤツはいないんだ、云うて、ドクに、手術させるのね。
 そして、クレメンタインが看護婦になって、ドクを助けて、無事、手術は、成功するのね。
 そして、みんなで、よかった、よかった、手術は成功だ、さすがはホリデイ先生だ、なんて云って、乾杯するのね。
 そのとき、おばさんが、このおばさんは、町の風紀取締委員なんかやってる、かたい、かたい、おばさんなんだけれども、ふだんは、チワワみたいな女がいると、町の風紀が乱れる、ドクのような男がいると、町が物騒になる、なんて、チワワやドクのことを軽蔑して、毛嫌いして、忌まわしく思って、町から追放しよう、なんて、云ってた人なんだけれども、そのおばさんが、ドクのことを、「先生」云うて、チワワを自分ちで面倒見てあげたい、なんて、云うのね。
 いいねぇ。きれいな、とっても、きれいなシーンだね。
 ドクも、なんだ、いままで散々、バカにしてやがったくせに、なんて、云わないのね。サンキュー、ありがとう、云うて、そのおばさんに感謝するのね。
 そうして、外に出て行くと、クレメンタインが、ドクのことを好きな看護婦さんが、後を追っかけてきて、
「ホリデイ先生、わたし、あなたのことを、誇りに思います」
云うのね。
これは、I Love You 云うことなのね。あなたのこと、大好きです、云うのね。
 ドクもそれは解かるんだけど、だけど今の自分は、呑んだくれの、結核もちの、人殺しの、博奕うち、昔のお医者さんじゃない、そう思ってるもんだから、
「ありがとう。チワワは強い子だ」
云うて、わざと、チワワを褒めて、クレメンタインを、このお嬢さんを、突き放して、そして、去っていくのね。
 クレメンタインは、まだあの人は、まだドクは、強がってる、わざと強がって、昔の自分に戻ろうとしない、そう思って、その後ろ姿を見送るのね。
 それを、酒場のカウンター、カウンターの端っこから見てたワイアットが、悲しそうに、寂しそうに、
「なぁ、マック、恋をしたこと、あるか」
云うのね、バーテンに。
 そしたら、そのバーテン、マックは、
「いいえ。バーテン一筋の人生でしてね」
なんて云うのね。
 いいなぁ。きれいだなぁ。巧いなぁ。
 これだけで、このやりとりだけで、この二人の気もち、この二人の思い、このふたりの人生、それが、全部、表現されてるのね。
 ワイアットは、保安官やったり、牛飼いやったり、いろんなことして、一生懸命生きてきて、とっても、恋なんてしてるヒマ、なかった。
 バーテンのマックも同じ。西部に来て、知り合いもいない、友だちもいない、スッカラカンの、裸一貫、そこから、一生懸命働いて、働いて、働いて、やっと、自分のお店、自分の酒場がもてるようになって、とっても、恋なんてしてる時間、なかった。
 ふたりとも、この西部で、一生懸命、一生懸命、働いて、働いて、働いて、とても、女の子と仲良くなる、女の子と手つないで歩く、女の子と遊びに行く、そんなこと、できなかったのね。
 その人生が、全部、解かるの。これだけの会話で。すごいですね。すばらしい脚本、すばらしい演出ですね。
 しかも、そのワイアットが恋してる相手は、クレメンタインは、ワイアットの親友、ドクのことが好きで、大好きで、ドクを追っかけて、東部から、はるばる、西部までやって来た女の子なんですね。
 ワイアットは、クレメンタインのことも好きなんだけど、ドクのことも好き。ドクには、男と男の心意気、男と男の友情、そんなのを、感じてるんですね。
 だから、とても、ドクからあの娘、あのかわいい女の子、クレメンタインを奪ってやろう、そんなふうには、思えないんですね。
 その思いが、その苦しさが、「なぁ、マック、恋をしたこと、あるか」云う、たった一言のセリフのなかに、こめられてるんですね。その、たった一言のセリフの中に、ワイアットの、なんとも云いようのない、なんともやるせない思いが、にじんでるんですね。
 素晴しい場面、ステキな場面、映画史に残る、素晴らしい場面ですね。
 さて、この映画、最後は、アープ兄弟と、クラントン一家との、決闘、果たし合い、銃撃戦になるんですけれども、この、クラントン一家が、アープたちの、末っ子の弟を殺して、まだ小っちゃい、故郷に帰って、恋人に会うのを楽しみにしてた、そんな末っ子を殺して、アープたちが大事に、大事に運んできた、牛を盗んだんですね。
 それで、ワイアットを始めとするアープ兄弟と、クラントン一家が、決闘するんですね、O.K.牧場で。
 この決闘に、この果たし合いに、ドクも、ドク・ホリデイも、参加するの。
 ドクは、チワワの手術が成功して、チワワの手術がうまいこといって、ちょっと自信を取り戻しかけてたのね。ところが、そのチワワが死んじゃった。やっぱり、うまく行かなかった。やっぱり俺は、名医なんかじゃないんだ、もう俺は、昔の、ドクター・ホリデイじゃないんだ。やっぱり俺は、ヤクザな呑んだくれ、博奕うち、人殺しなんだ、そう思って、自棄になっちゃうのね。
 それで、自棄になって、自暴自棄になって、半分、自殺するみたいに、O.K.牧場の決闘に参加するのね。
 それで、その、O.K.牧場の決闘の、その、撃ち合いの、最中に、喀血して、咳き込んで、口から血流して、それで、敵の弾に撃たれて、死んじゃうのね。
 最後、ラスト・シーン、クラントン一家はいなくなっちゃった、町は平和になった、だけど、ドクは死んじゃった、いなくなっちゃった、それでも、クレメンタインは、ドクのことを、心から大好きだった、クレメンタインは、この町に残って、この町で、先生やって、子どもたちを育てて行こう、思うのね。
 アープは、ワイアットは、故郷に帰って、お父さん、お母さんに、このこと話して、いままでのこと話して、気持ちを切り替えて、これから、新しい人生、新しい生き方、しよう、思うのね。
 そのとき、クレメンタインと別れるとき、アープは、
「ぼく、クレメンタイン、云う名まえ、大好きです(I like that name……Clementine)」
 云うて、クレメンタインのほっぺに、キス、するのね。
 そうして、去っていくの。
 まぁ、きれいですね。ほんとに、きれいな、すてきな、ラスト・シーンね。
 この素晴らしい映画、ステキな映画、ジョン・フォードの傑作、『荒野の決闘』、ぜひ、ごらんなさいね。

荒野の決闘 [DVD]
荒野の決闘 [DVD]
スチュアート・N・レイク