『スミス都へ行く』(1939年)

はい、みなさん、こんばんは。
『スミス都へ行く』、今日は、この映画のお話、しましょうね。
『スミス都へ行く』、これは、フランク・キャプラの作品ですね。フランク・キャプラの監督ですね。
フランク・キャプラ、この人は、とってもいい映画、つくってますよ。とってもいい映画、とっても素晴らしい映画、あぁ、よかったなぁ~、すばらしかったなぁ~、云う映画、たくさんつくってます。
すばらしい、とってもすばらしい、監督ですね。
『我が家の楽園』がありました。よかったなぁ。
『或る夜の出来事』、よかったなぁ。
『素晴らしき哉、人生!』、よかったなぁ。
他にも、たくさん、たくさん、たくさん、あります。とってもいい映画を、たくさん、たくさん、つくった人ですね。
この人の映画、拳銃出てこないの、撃ち合いないの、ドンパチ、ないのね。
建物爆発しない、列車も車も暴走しない。
刀やナイフ、出てこない。
人が殺されて、ブワッ~、と血が出る。
そんなのないの。
なあんだ、退屈じゃんか。
そんなことないの。とっても面白いの。
そんなこと云う、あなたの感性、おかしいのね。
そんなわけで、そのとってもすばらしい映画のなかのひとつが、『スミス都へ行く』ですね。
アメリカの田舎に、スミス云う人がおりました。アメリカの、田舎も田舎、アメリカに、こんなとこあったんか、云うぐらいの田舎。
そこに住んでたスミスさん。スミスさん、まぁ、平凡な名前、田中さん、小林さん、山本さん、そんな名前。どこにでもありそうな、平凡な名前。
その人が、とっても真面目な、好青年なんですね。
町のお掃除する、子どもたちの面倒見る、困っている人の相談にのってあげる、いかにも、いい人、好青年なんですね。
あるとき、国会議員の選挙が行われることになった。自分たちを代表して、自分たちがいつも思っていることを云って、自分たちがして欲しいと思っていることをやってくれる人を推薦して、国会に行ってもらえることができる。おかみに物申す人を、自分たちが選ぶことができる。
町の人たち、考えた。だれにしよう、だれにしよう。だれに国会、行ってもらおう。
スミスさんがいい、そうだ、スミスさんがいい、スミスさんにしよう。
そんなわけで、スミスさんが国会に行くことになったんですね。
スミスさん、ビックリしちゃった。国会なんて、なにするとこ? 国会なんて行って、なにしたらいいの?
全然、そういうこと、知らないのね。
とまどっちゃうんですね。
町の人たちは、スミスさんが当選した、スミスさんが国会に行く、スミスさんだったら、自分たちの云いたいこと、云ってくれる、スミスさんだったら、自分たちのやってほしいこと、やってくれる、そんなんで、大喜びしたんですね。
スミスさん万歳、スミスさん万歳、云うんで、スミスさんの、壮行会、開くんですね。激励会ですね。スミスさん、がんばってくださいよ、なんて云って、パーティー、するんですね。
そこで、スミスさんに鞄をあげることにした。国会行って、議員になって、お仕事するんだから、立派な鞄が要るだろう、スミスさんに立派な、きれいな鞄、あげよう、そういうことになって、町の人たちが、お金出し合って、スミスさんに、きれいな、きれいな、立派な、立派な、鞄あげるのね。
まぁ、そんなのより、もっといいのあげればいいのに。でもこの鞄には、町の人たちの気持ちが、町の人たちの厚意が、いっぱい、つまってるのね。いまは空っぽの鞄だけど、町の人たちの気もち、スミスさん、がんばってくださいよ、スミスさん、応援してますよ、そんな気もちが、いっぱい、つまってるのね。
それ渡すのが、町の子ども。町の子どもなんだけど、その子が、まぁ、なんとも不器用な子。とっても不器用で、もっさりしてて、いかにも劣等生、いかにも落ちこぼれ。あぁ、この子、勉強できないだろうなぁ。あぁ、この子、駆けっこ、ビリだろうな。給食食べるの、遅いだろうな。女の子にももてないだろうな。そんな子が、スミスさんに、鞄渡すの。
その子が、スミスさんに鞄渡すとき、やっぱり、スピーチ、うまく云えないの。一生懸命練習したんだろうけど、やっぱり、云えないの。
それを仲間の子どもたちが、ひやかさないの。笑わないの。みんな、がんばれ、がんばれ、云うの。大きな声では云わないんだね。大きな声で云ったら、その子が恥かくから。ちっちゃな声で、それでも精一杯、がんばれ、がんばれ、こう云うんだ、こう云うんだ、云うのね。みんな、握りこぶし固めて、からだ前にのりだして、必死で、その子応援するのね。
それでその子、やっと、
「スミスさん、がんばってください」
それだけ云って、鞄渡すのね。
みんな拍手するの。よくやったな、おまえ。がんばったな、おまえ。そんな思いが、その拍手から伝わってくるのね。
いいなぁ。きれいだなぁ。
キャプラ、うまいなぁ。
ここで、生徒会長とか、勉強がトップの子とか、駆けっこの速い子とか、そんな子を出さないところが、いかにも、いいんだね。キャプラ、うまいんだね。
勉強もできない、駆けっこも遅い、いかにも、もっさりした子、いかにも目立たない子、その子を、スミスさんに鞄を渡す晴れ舞台に選ぶところが、いかにも、キャプラらしいね。
スミスさんもおんなじだね。アメリカの、田舎から、国会議員に選ばれて、なにしたらいいか分からない、とりたてて頭いいわけじゃない、お金あるわけじゃない、政治のこと知ってるわけじゃない、ほんとにシロウト、ほんとにおのぼりさん、そんな感じで、国会行くんだね。自分になにができるだろう、自分はなにやったらいいんだろう。だけど、町の人が、一生懸命応援してくれてる、町の人が、がんばれ、がんばれ、云うてくれてる。よし、がんばるぞ、そう思って、スミスは国会に行くのね。スミス、都へ行く、のね。
スミスさんは国会議員になったけど、まだ当選一回のペーペー。新米議員。それで、大物の政治家のところに行くのね。国会議員になったけど、政治のことなんにも分かりません、政治のこと、教えてください、云うて、その大物のところに行くの。
この大物政治家が、クロード・レインズ。『カサブランカ』の警察署長、ルノー署長ですね。うまいんですね、この人が。
ああ君がスミス君か、がんばりたまえよ、なんて云って、いかにも、大物なんですね。
ところが、この大物の先生、裏では大会社と一緒になって、その会社の得になるような法律つくって、お金もらってるんですね。悪い人なんですね。
スミスさんはそんなこと知らないから、この人について、この人を先生にして、政治のこと、勉強しようとしてるんですね。
一方、政治家たちのことを記事にしてる新聞記者がいるんですね。これがトーマス・ミッチェル。『駅馬車』の酔いどれ医者、『風と共に去りぬ』の、ヴィヴィアン・リー、スカーレット・オハラのお父さんですね。このトーマス・ミッチェルがうまいの。
政治家のことを書く新聞記者だけど、新聞では、いいことしか書けないの。きれいごとしか書けないのね。だけど政治家たちが、そんなにいい人じゃない、あいつら、利権ばっかりむさぼって、自分たちのことしか考えないで、国のこと、国民のことなんか、ちっとも考えてない、そのこと、知りすぎるくらい、知ってるのね。でもそのこと、記事にかけないのね。書いても、新聞社のお偉方が、握りつぶしちゃうのね。そんなこと書かれたら、うちの新聞社がニラまれちゃう。そんなんで、お偉方は、そんな記事、載せないのね。きれいごとしか載せない。あの先生、いい人だ。あの先生、立派な政治家だ。そんな記事しか載せないの。それでこの記者、嫌になって、でも、記事書かないとご飯食べられないから、馘になっちゃうから、嘘の記事書くのね。それで、ご飯食べてるのね。そんな自分が嫌になって、酒浸りになっちゃうのね。昼間っからお酒飲んで、頭痛くなって、ソファにゴロンと寝転んでるの。
もうひとり、そんな彼を励ましてる人がいるの。これが、ジーン・アーサーね。『シェーン』のお母さんね。『平原児』のカラミティー・ジェーンね。とっても、いい女優さんね。
この人が、トーマス・ミッチェルに、いい人が議員になったわよ、なんて、スミスさんのことを云うのね。でも、トーマス・ミッチェルは全然、信用しないのね。いまにそいつも、利権のことばっかり考えるようになるさ、なんて云って、ソファにゴロンとなるのね。
スミスさんは、だんだん、政治のことが分かってくるのね。でもそれは、いいことじゃなくて、嫌なこと、こすっからくて、汚いこと、そんなことが、だんだん、だんだん、分かってくるのね。こんなのおかしい、こんなのひどい、そう思っても、クロード・レインズの先生は、キミ、これが現実だよ、なんて云ってるのね。
スミスさんは納得できないのね。我慢できないの。それで、とうとう、議会で演説するの。こんなこと、おかしい。こんなことじゃダメだ。そう云って、演説するの。
すると、クロード・レインズの議員は、あいつ、なまいきだ、あいつ、おれたちのためにならん、なんて云って、スミスさんを悪者にしようとするの。
お金使って、新聞社を買収して、全国に、スミスさんの悪口書いた新聞をバラまくの。
スミスは悪い奴だ、あいつは大会社と一緒になって、利権をむさぼってる、あいつは国民をだまして自分のことばっかり考えてる、なんて、自分たちがやってることを、全部、スミスさんになすりつけちゃうの。自分たちがやってきた悪いことを、全部、スミスさんのせいにしちゃうの。
スミスさんを国会議員に選んだ地元の人たちは、それ読んで、スミスさんがそんな悪い人のはずがない、スミスさんは悪い人じゃない、スミスさんはいい人だ、云うて、自分たちで、スミスさんの応援するの。スミスさんを応援してた子供たちが、学校でガリ版刷って、自分たちで新聞つくって、自転車こいで、あちこちに自分たちがつくった新聞配って、スミスさんはいい人です、スミスさんは立派な人です、みんなスミスさんを応援してください、云う新聞配るの。
ジーン・アーサーも、トーマス・ミッチェルも、その子らの応援するの。トーマス・ミッチェルなんか、なあに、スミスもすぐにきたない政治家になるさ、自分の利権ばっかり考えるような政治家になるさ、なんて云ってたのに、スミスさんが一生懸命がんばってるのを見て、自分も精一杯、スミスさんを応援しよう、云う気になるのね。このへんの呼吸、トーマス・ミッチェル、うまいなぁ。フランク・キャプラ、うまいなぁ。
ジーン・アーサーも、子供たちを応援するの。あんたたち、違うわよ、印刷はこうするの、輪転機はこうまわすの、なんて、子供たちが新聞つくるの、手伝うんですね。
みんな精一杯、スミスさん、応援するんですね。
でも、ダメね。向こうはお金持ってる。たくさんお金持ってて、そのお金で新聞社買収して、スミスさんに悪い記事書かせて、それ新聞に載せて、全国にばらまいてる。
みんな、スミスさん、悪い人、悪人だと思っちゃう。
こっちは、学校でガリ版刷って、輪転機手で回して、顔も服も、インクで汚れて、真っ黒になって、自転車で走り回って、必死になって、スミスさんはいい人ですって云うけれども、とてもかなわないね。
スミスさんも、最初は子供たちが一生懸命頑張ってくれてることを知って、よし、自分も頑張るぞ、思って演説してるけど、だんだん、買収された新聞社の記事が来るのね。みんな、スミスさんのことを悪く云ってる記事ばかり。スミスは悪い奴だ、スミスみたいなのがいると、この国は悪くなっちゃう、スミスは辞めろ、そんな記事ばっかり。
とうとう、スミスさんは演説やめて、泣き伏しちゃうんですね。ああ、ぼくの気持ちは分かってもらえなかった。みんな必死で応援してくれたのに、自分は悪者になっちゃった。自分を国会議員にしてくれた人たちに申し訳ない。自分を応援してくれた子供たちに申し訳ない。そう云って泣き崩れるんですね。
それを見ていたクロード・レインズ、大物議員、この人の表情が、だんだん、だんだん、変っていくのね。スミスを打ちのめした。自分が勝った。だから、喜んでいいはずなのに、この人の表情が、いかにも、苦しげに、ゆがむんですね。
ああ、俺も国会議員になったときは、スミスみたいだったな。俺も最初は、スミスみたいだったな。純真だったな。スミスみたいに、国民のこと、考えてたな。スミスみたいに、この国をいい国にしよう、思うて、がんばってたな。いつから俺は、こんなに汚い人間になったのかなぁ。
そんな表情になるんですね。
それで、このクロード・レインズ、途中で席を立って、控室に行くんですね。そしたら控室のほうから、さっき、クロード・レインズが入っていった控室のほうから、バーン、て云う、銃声がするの。
クロード・レインズ、自殺しちゃったのね。スミスを見てて、スミスの云うこと聞いてて、だんだん、自分が恥ずかしくなっちゃったのね。それで、控室戻って、ピストルで自殺しちゃったの。
このとき議長を演ってた人が、ハリー・ケリー。ジョン・フォードの親友で、サイレント時代の大スターなんですね。この人がまたうまいの、上手なの。議長だから、どっちかを応援するなんてことはできないんだけど、スミスさんを応援してる雰囲気が、じつに上手に出てるの。
この人が議長席にもたれて、頭の後ろに腕を組んで、ああ、終わった、終わった、なんて表情をするの。それがとってもさわやかで、いいんだねえ。
もちろん、実際の政治の世界なんて、こんなもんじゃありませんね。これは、おとぎ話だね。正義は勝つ、悪い人はいい人にやっつけられる、お姫様は王子様と結婚する、そんな、おとぎ話だね。
でも、本当のことになったらいいな。本当に、こんなふうになったら、いいなぁ。
それは、おとぎ話だけれども、ひょっとしたら、できるかも知れない。ひょっとしたら、本当のことになるかも知れない。
ぼくたちが、もうちょっとだけ、勇気をだせば。もうちょっとだけ、頑張れば。もうちょっとだけ、人を信じることができれば。そう、スミスさんを信じて、一生懸命、一生懸命、自転車をこいでた、あの子供たちみたいに。
これは、そんな気持ちにさせてくれる映画、夢を与えてくれる映画、よし、がんばろう、そういう気にさせてくれる映画、とってもすばらしい、映画ですよ。
一九三九年、昭和十四年の映画です。このすばらしい映画、『スミス都へ行く』、ぜひみなさん、ご覧なさいね。

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