17. 長老の言葉
村に平和が訪れました。
村人たちは農耕に従事しています。
ガンマンたちの仕事は終りました。生き残った、クリス、ヴィン、チコの三人に、長老は、村に残らないか、あんたたちなら村の連中にも異存はないだろう、と、勧めます。
しかしクリスは、あんまり好かれちゃいないようだよ、と、答えます。
村に平和が訪れたとは云え、払った犠牲も大きいものでした。この戦いで命を落とした村人たちもいます。やむを得ぬことですが、やはり戦いを指導したガンマンたちに対するしこりは残ります。ガンマンは戦う人であり、農耕に従事する農民とは、相容れることはできません。
それが理解できるからこそ、長老も無理には引き留めません。
長老は云います。
「あんたがたの戦いはこれで終ったのう、けれど、村の衆にとっては毎日が戦いなんじゃ。
お礼をするものがあれば、みんな喜んで出すだろうにな」
それに対してヴィンは、
「約束以上のものは貰わんよ」
と、云います。
「村の衆にとっては毎日が戦いなんじゃ」と云う長老の言葉は、オライリーの「畑を耕して、毎日毎日、ロバのように、暗くなるまで働いてるんだ。これこそ勇気がいる。」と云う言葉に合致します。
それを踏まえて、
「勝ったのは農民だけじゃ。農民はいつまでも残る。まるでこの偉大な大地のように。」
と、長老の言葉が続きます。
「あんたがたはカルヴェラをやっつけた。それは強い風がイナゴを吹っ飛ばすのによく似ている。
あんたがたは風だ。大地を強く吹き荒れて、去って行く。」
それが、長老の、餞の言葉です。
クリスたちも村人も、神妙にその言葉に耳を傾けています。
長老の言葉には、すでにその存在が無用のものとなっていることを認めざるを得なくなったクリスたちの存在する意味が、適確に述べられています。
「畑を耕して、毎日毎日、ロバのように、暗くなるまで働いてる」農民たちの収穫物を略奪しようとする、イナゴのようなカルヴェラたちをやっつける、強い風のような存在、それがクリスたちガンマンだと云うのです。
風は、「大地を強く吹き荒れて、去って行く」だけです。大地に留まることはできません。風が大地に留まれば、イナゴを吹っ飛ばすどころか、かえって害を及ぼします。
クリスたちも村に留まることはできません。去って行くのがクリスたちの定めです。
長老は、「じゃ、神のお恵みを」と云って、クリスたちに別れを告げます。
クリスも、「アディオス」と云って馬に乗り、馬首を巡らせます。チコとヴィンがクリスに続きます。
村の広場を横切り、去り行こうとする三人を、チコを慕う娘の視線が追います。
娘は寂しげに仕事を続けます。
チコは、村はずれの小高いところで馬を止めます。クリスとヴィンも馬を止めます。三人の目が、後にしてきた村に注がれます。
クリスはしばらくの間、チコと目を合わせると、チコの心中の迷いを吹っ切らせるように、「アディオス」と云います。
しばしの逡巡の後、チコも明るく笑って、「アディオス」と右手をあげると、馬首を巡らせて、村へ戻っていきます。
チコは惹かれた娘の傍で馬を下りると、ガンベルトをはずします。
娘の表情が輝き、その作業に力がはいります。
村の境界からその様子を見ていたクリスが、「爺さんの云ったとおりだ。勝ったのは農民だ。負けたな、俺たちは」と、寂しげに、嬉しげに、つぶやきます。
チコは一人前のガンマンとなることにあこがれ、そのためには命の危険を顧みずに働きました。しかしそのチコも、ガンマンとして生きることより、農民として生きることに価値を見出すようになりました。
それが、「勝ったのは農民だ。負けたな、俺たちは」と云う、クリスの言葉です。
村の山裾に、四つの十字架が並んでいます。そのひとつに、三人の子どもたちが花を供え、帽子を脱いで十字を切ります。
子どもたちは、かつてオライリーと交わした約束を、忠実に守っています。子どもたちはオライリーの言葉を胸に刻み、平和で豊かな村を築くために、黙々とその責任を果たすことでしょう。
クリスとヴィンはその光景を眺めた後、馬首をめぐらして、広々とした荒野の彼方に去って行きます。