1871年(明治3年)のこの日、フランスのヴェルサイユ宮殿鏡の間で、プロイセン王ヴィルヘルム1世がドイツ皇帝に即位し、ドイツ帝国が成立した。
普仏戦争の結果によるものであるが、占領地域で成立した国家と云うのもめずらしかろう。
この、ドイツ帝国成立の過程において、鉄血宰相と称されたビスマルクの功績が大であったことは、よく知られているところである。
奇しくも日本は、明治維新革命を成し遂げたばかり。この新興の両国が、以後世界史において、重要な影響を与えていくことになるのは、これまた、よく知られたことである。
しかし、そのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
世界史の動きとは無関係の、平々凡々たる献立である。
それにしても、ドイツ帝国成立のこの日、独仏両国の関係者や国民たちは、どのような朝食を喫していたのであろうか。
献立:トースト(6枚切り×2枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、オニオン・コンソメ・スープ、野菜ジュース、バナナ(2本)
さば塩焼きは、昨日と同じく、近所のスーパーで買ってきた、出来合いの総菜である。
最初はコロッケにしようと思ったのだが、20%引きの値段シールに心動かされて、二日連続のさば塩焼き、とは相成ったのである。
なんども書いているように、“三年たまご”であるから、同じおかずが続いても、なんら痛痒を感じない。我ながら重宝な体質(?)である。
今回、カボチャの煮物を煮すぎたようで、形が崩れてしまった。しかし味はしっかり付いているので、これまたなんら、問題はない。
見かけはどうでもよい。大切なのは味わいである。
献立:麦飯(海苔とたまごのふりかけ)、さば塩焼き、カボチャの煮物
粕汁に麩を入れた。味が浸みて、なかなかである。
麩、と、云えば、鯉の餌、程度にしか、思っていない方もおおいのではなかろうか。
恥ずかしながら、わたいもそのひとりであった……。
ところがこれが、とんだ大間違い。麩は良質のミネラル(ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、鉄、亜鉛など)やたんぱく質を豊富にふくんだ、じつに重宝な食材だったのである。これからは大いに利用するつもりである。
ご飯の量が多かったので、鮭は1切にした。それでもこれだけ具を入れれば、けっこう、腹はくちくなるものである。
献立:玉子麦飯、粕汁(鮭、鰯のつみれ、大根、人参、白菜、大根の葉、長ねぎ、糸こんにゃく、油揚げ、麩、ニラ、もやし、貝割)、ほうれん草と白菜のごま和え、納豆、味付海苔