北野大茶会の日のひとりめし

今日は京都北野天満宮境内において、時の関白太政大臣:豊臣秀吉が、盛大な茶会を催した日である。歴史上に残るこの盛大な茶会は、現代で云えば、さしずめ秋の園遊会、もしくは政府主催のハロウィン・パーティー(そんなものが実際に行われるとして)に譬えられるだろう(陰の声:ちょっと違うと思うぞ)。
かつては秀吉の自己顕示欲、もしくは誇大妄想から生じたとされるこの茶会だが、最近では、九州平定後(すなわち天下統一完了直後)の、諸大名に対する一大示威行為(デモンストレーション)であり、また戦争後の景気振興策であった、と、云う説もある。
もちろんそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
盛大でもないし、茶会風でもないし、景気振興もうかがわれない、相変わらずの献立である。

 

献立:トースト(6枚切り×2枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、野菜と果実のジュース、バナナ(2本)

昨日と同じ献立である。
茶の湯は質素を旨とするのが本来であるらしいのだが、それからすれば、わたいの食事の献立は、量を度外視すれば、茶の湯の心得に合致している。
もっとも、茶の湯の心得が質素を旨とする、と、云うのは、千利休によって提唱確立された心得であって、それまでは、かならずしも、質素侘寂が茶の湯の本道であったわけではないらしい。
もしそうならば、秀吉が催した北野大茶会なども、あながち茶の湯のなんたるかを心得ぬ、成り上がりの派手好みとばかりは云えないだろう。
むしろ、たかが茶を飲むのに、侘びの寂びのとコムズカシイことを捏ねくりまわすほうが、酒の席でワインや日本酒、カクテルなどにウンチクをお垂れあそばす輩同様、イヤらしいインテリの臭いがして、鼻持ちならなく思うのであるが、いかがであろうか。

 

献立:麦飯(ピリ辛きゃら蕗)、豚肉の味噌漬け、ほうれん草と白菜のごま和え

鶏肝の生姜煮は、母者が料理ってくださったものである。
なにがどうとは判らないが、味つけが格段に違うのはさすがである。
小松菜と油揚げの煮浸しは、ほうれん草と白菜のごま和えと同じく、水きりがアマかったのかもしれない。
全体に少量になったような気がする。と、すれば、結構なことである。腹回り(去年より5cm成長した……)の面から観ても、家計上の面から観ても……。

 

献立:玉子麦飯、インスタント味噌汁(もやし、ニラ、カットわかめ)、小松菜と油揚げの煮浸し、鶏肝の生姜煮、納豆、味付海苔